3月頃から始まった外出自粛の呼びかけ、4月に出された緊急事態宣言によって、テレワークが始まり、ビデオ会議が普及した。特にビデオ会議は、オンライン飲み会というエンターテインメントを生み出した。新技術は遊び要素が加わると急速に普及する。筆者はフリーライターとして20年以上も「在宅勤務」だけれど、オンライン飲み会のためにZoomインストールした。ただし仕事では使っていないから、今のところ遊び道具だ。

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 大型連休では「オンライン帰省」という現象もあるそうで、故郷の祖父母と孫が画面を通して楽しむ様子が報じられた。高齢者はIT機器を使うのが面倒に感じられると思う。実は私も若い頃ほど新しい技術に積極的ではない。しかし、友人の多くが導入し、話ができるとなればビデオ会議ツールを使ってみたい。孫の顔を見たくてITを克服する高齢者の気持ちも分かる。

 テレワークについては、これまでは個人外注者、小規模事業経営者が多かったと思う。あるいは多忙なビジネスエリートが専用回線を使うイメージがある。しかし、VPN技術の発達によってセキュリティが確保されると、大企業が積極的に導入した。外出自粛によって、多くの企業が在宅勤務を導入しつつある。オフィスワークの形態は大きく変わった。

 緊急事態宣言の終了は遠のき、テレワークの普及は進む。私たちが新型コロナウイルスを克服し、あるいは、新型コロナウイルスと共存する時代になって外出自粛が解けたとき、テレワークはどうなるか。一過性のものとして廃れるか、あるいは、新たな働き方として定着するか。それによって鉄道事業の運命は変わる。これは電車通勤の存亡に関わる事態だ。

 多くの企業でテレワークが定着すれば、ギュウギュウ詰めの満員電車は過去のものとなり、自宅が“職場”になることから職住接近の時代が来る。そして大都市の人々は気付き始めた。長時間の電車通勤は異常事態。約60年にわたる長い呪縛だったと。

●「電車通勤」の始まり

 働く人々の交通手段は徒歩、馬、馬車、船、鉄道、自動車と推移してきた。鉄道による通勤は、おそらく鉄道発祥の頃から存在しただろう。しかし、鉄道事業の当初の目的は通勤ではなかった。明治5年(1872年)に日本で初めて鉄道が敷かれた目的は、江戸時代の日米修好通商条約によって開港し栄えた横浜と東京を結ぶため。それは貿易関係の用務客と輸出入される物資の輸送だった。一般の人々の移動手段は徒歩や馬だった。

 その後、東海道本線は大阪を目指し、日本の幹線鉄道網が整備されていく。しかしその第一義は貨物輸送であり、廻船に頼っていた物資の輸送を安定的で高速にするためだった。輸送手段として見れば、鉄道輸送は船舶輸送に成り代わって発展した。

 当初、鉄道旅客輸送は用務、長距離客向けだった。しかし娯楽客という新たな需要が発生した。川崎大師の参詣だ。今では想像しがたいけれど、神社の参拝、寺院の墓参はとても身近な習慣だったらしい。江戸時代の伊勢参り、大山参りもレジャーの一つ。それだけではなく、近所の寺社参拝も重要だった。江戸時代は先祖供養が重要で、それを怠るのは子の世話を怠るのと同じくらい非常識だったらしい。縁起参りは商人にとって重要な儀式だったという。

 鉄道によって、遠くて御利益のある川崎大師の参詣が流行すると、大師電気鉄道(後の京急電鉄)が開業する。同様に全国各地で参詣目的の鉄道が開業していった。鉄道はもうかるビジネスとして流行していく。しかし、その中には採算計画が脆弱な事業もあった。

 1910年。阪急電鉄の前身、箕面有馬電気軌道が鉄道経営の安定化のため住宅販売を始めた。場所は現在の阪急宝塚線池田駅付近の室町だ。梅田駅から約16キロ。当時は「郊外」と呼べる立地で、月賦制度を導入した。

 梅田で働く中産階級に、郊外で広い家を持ちましょうと勧めた。需要の少ない地域に電車通勤という需要を生み出す。これは箕面有馬電気軌道の経営者で、後の阪急電鉄グループを育てた小林一三の発明だった。このビジネスモデルは「小林一三イズム」とも呼ばれ、大都市の民営鉄道で採用された。

●歪められた「田園都市」の理想

 小林一三の発想は、都心と通勤圏の郊外住宅を鉄道で結ぶという、鉄道主体の考え方だ。この発想のもとになる思想は、1898年に英国の思想家、エベネザー・ハワードが提唱した「Garden City of To-morrow(明日の田園都市)」だ。この思想を日本向けにアレンジして、1907年に内務省が「田園都市」という書物を発行した。

 しかし、ハワードの考えた郊外住宅の基本は「職住接近」だった。ハワードロンドンで重工業が過剰に発展し、住環境が悪化している実態を危惧した。そこで、住居地区を分離して郊外に移し、人口数万人規模で職住接近型の衛星都市を作ろうと提唱した。都市を運営する会社を設立し、住民には賃貸住宅を低価格で提供する。ここでいう職住接近の“職業”は農業だ。ハワードロンドンの北部55キロのレッチワースに理想都市を建設し、住民の獲得に成功した。重工業地区への通勤はかなり厳しい。

 東京で田園都市構想の実現に動いた人物は渋沢栄一だ。2024年から一万円札の肖像になるとして再認知された実業家である。彼は田園都市株式会社を設立し、現在の田園調布、洗足、北千束地域で用地を取得、目黒から電気鉄道を開通させると宣言して宅地分譲を始めた。これが目黒蒲田電鉄となり、現在の東急電鉄になる。

 ここで注目すべきは、渋沢の田園都市はハワード田園都市とは異なり、職住接近の概念はなく、小林一三イズムの鉄道通勤都市になっていたことだ。農業と共存し、通勤のない社会ではなかった。「田園都市」の理想とは異なる「郊外住宅都市」になった。

●通勤手当の誕生と「通勤地獄」

 都心の仕事場、郊外の住宅。人々は賃金の高い職場を求め、地価が安く広くて快適な住宅を求めた。通勤電車は人々の希望と直結する交通手段になった。しかし、戦後の復興の中で、産業は都市に集積、拡大し、郊外住宅地を飲み込んでいく。郊外はさらに遠くへ移転していく。都市周辺の夜間人口は増えて、都心部の夜間人口は減る。ドーナツ現象である。

 高度成長期を迎え、都心部に企業が集中し、成長すると、ドーナツの穴はどんどん大きくなり、その結果、仕事場と住宅は離れた。そうなると、交通費の負担が大きくなって、都心の職場を希望する人材が減る。都心の企業は求人難に陥った。それを解消するため、企業が通勤費を負担するようになっていく。通勤手当と住宅手当は「生活関連給与」といわれており、住宅手当は戦中・戦後から普及していた。しかし、住宅事情の悪化と家賃の高騰に住宅手当は追い付けなかった。そこで通勤手当に振り替えて、郊外住宅の居住を支援したともいえる。

 しかし、住環境が拡大する一方で、今度は通勤手段としての鉄道整備が追い付かない。高度成長期の通勤路線の乗車率は300%を突破した。電車に定員の3倍も乗れるわけはなく、通勤時間あたりの旅客と電車の定員の総量で計算した。実際には大量の積み残しが発生していた。国鉄は「通勤5方面作戦」を掲げ、複々線化、長編成化などの施策を実施。大手私鉄も長編成化を推進した。また、東京都や政府の指針のもと、地下鉄の建設や直通運転が行われた。

 こうした施策は現在も続き、乗車率は200%以下になっている。しかし、小池都知事が掲げた「満員電車ゼロ」にはほど遠かった。高度成長期から約60年にわたり、ビジネスパーソンの多くは満員電車が当たり前と考えている。なんとかしてほしいけれども、社会人になったときから通勤電車はこんなものだと。それを承知で職場を選んだのだと。

 私が長野県松本市で学生生活を始めたとき、「下宿先が学校までバスで10分だ」と言うと「なんでそんな遠いところに」と言われた。1時間通勤の都市に住んでいた者として、バスで10分は近すぎるくらいだ。しかしそれが都市だけの常識だと知った。30分以上、ときには小一時間も満員電車に揺られるという状況は、ハワード田園都市の理想から懸け離れている。健康的な生活とはいえないし、これが当たり前ではない。これは都市の病だ。

●ITで「通勤」は変わる、しかしその歩みは遅い

 新型コロナウイルス感染防止のための外出自粛と、テレワークビデオ会議の普及は「通勤」を考え直すきっかけになったと思う。ただしそれは、「もう通勤は要らない」と「やはり通勤したほうがいい」の2つに分かれる。快適にテレワークを実行し、成果を出せた人は「通勤しないスタイル」を選ぶ。その一方で、多くの人々の「在宅実験」によって、テレワークビデオ会議の欠点も明らかになった。その一つがVPN環境だ。

 本誌をご覧の方には釈迦に説法だけど、VPNはデータの送受信で暗号化と復号を繰り返す。これは在宅勤務者のPCにとって無視できない負荷となる。PC、回線速度、サーバの性能が低いと、社内でLANに接続した時よりイライラする。これは精神衛生上とても良くない。在宅勤務者のPCや回線をグレードアップする必要がある。これは会社側のサーバも同様だ。今までは少数が使っていたVPNを多くの従業員が使うから、やはり機器のグレードアップが求められる。VPNのサポート要員も増やす必要がある。

 4月27日付の日本経済新聞「情報漏洩防ぐ『VPN』逼迫 在宅勤務の拡大阻む」によると、テレワーク需要の急増にもかかわらず、ネットワーク増強のため機器が足りない。もしくは、新規需要に対応できる技術者が足りないという。また、クラウド会計サービスを提供するfreeeは4月27日に「中小企業社員の64%はテレワークを許可されていない」という調査結果を発表した。紙の書類や印鑑業務のために出社する必要もある。機器不足だけではなく、企業文化を変えていく必要がある。

 外出自粛が長引く中で、ITの投資と企業文化の見直しは行われるけれども、時間がかかるだろう。見直される企業文化の中には「ペーパーレス」「電子印鑑」と同じくらい「電車通勤」も検討に値する。ITの投資費用と通勤手当の費用のバランスを考慮する時代が来る。

 外出自粛が解除されたとして、いったんは元の状態に近い通勤ラッシュになるだろう。しかし、そこは元の社会ではない。テレワークの洗礼を受けた社会である。IT技術の普及と低廉化によって、通勤需要は少しずつ減っていく。もとより、鉄道事業者は少子高齢化社会を見越して中期経営計画を作ってきた。その需要減少が確実に加速する。

 通勤地獄を招いた「通勤手当」が、「IT投資」や「在宅勤務IT設備手当」に変わる。ハワードが提唱した「職住接近型の田園都市」が、ようやく誕生するかもしれない。

 通勤路線を抱える鉄道事業者は、IT技術の動向を今までより注意深く見守る必要がある。ITmediaと名の付く媒体で、鉄道に関する情報が掲載されている。その本領が発揮されるときがきた。筆者もそのために決意を新たにした次第である。

(杉山淳一)

テレワークの普及で「電車通勤」はどう変わっていくか(写真提供:ゲッティイメージズ)

コロナ禍をきっかけに日本の社会が大きく変わろうとしています。私たちも時代に取り残されないようにしっかりと対策をしていきたい所ですね。


(出典 news.nicovideo.jp)


(出典 bunshun.ismcdn.jp)


これをきっかけにテレワークが充実し、朝の満員電車が無くなったらいいですね。

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