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    カテゴリ:社会 > 歴史


    Credit:theatlantic

    Point

    インドの高山にあるループクンド湖は夏になると200体以上の人骨が浮かび上がる場所として知られる

    ループクンド湖は12年おきに行われるナンダ・デヴィー信仰者の巡礼ルートに位置している

    ■骨のDNA分析の結果、遺体には3種類の異なる人種が含まれており、死亡年代も1000年ほど違うものがあった

    インド・ウッタラーカンド州の標高5029mの場所に「ループクンド」と呼ばれる湖があります。ここはヒマラヤ山脈に属しており、一年の内ほとんどは分厚い雪によって湖面が閉ざされている場所です。

    しかし短い夏の時期に雪が解けると湖の底に、200体以上の人骨が浮かび上がるのです。そのことからループクンド湖は別名「スケルトン・レイク」とも呼ばれています。

    1942年に本格的な調査が開始されて以来、研究者たちにより「王や妃、側近たちの人骨だ」「秘密裏に侵入した日本兵のものでは」という確証のない仮説が錯綜している状態でした。

    しかしハーバード大学およびマックスプランク研究所の共同研究により、新たな事実が発覚。なんと200体以上に及ぶ人骨には遺伝的に異なる人種が混ざっており、死亡時期も最大1000年ほど異なることが判明したのです。

    研究の詳細は、8月20日付けで「Nature Communications」に掲載されています。

    遺体の死亡年代が1000年も違う⁈

    先行研究によると人骨の死亡時期はおよそ8〜9世紀頃と推測されています。ループクンド湖は12年おきに行われるナンダ・デヴィ信仰者の巡礼ルート上に位置する人里離れた場所です。

    湖は岩肌に囲まれており、一番近い村でも歩いて3日はかかるほど。暴風や地震などの自然災害が起こると、岩肌が崩れることもあります。

    研究者たちは、人骨の多くが強い衝撃を受けていたことから、災害による岩なだれが死亡原因ではないかと考えていました。しかし新たに行われたDNA分析により、意外な事実が判明したのです。

    Credit:ja.wikipedia

    研究チームは200本以上ある人骨から38体の個人を特定しDNA情報を配列、炭素年代測定法を用いて死亡年代を調べました。その結果、人骨の身元は少なくとも3種類の異なる遺伝子群に別れており、死亡年代も1000年ほどの幅があるとわかったのです。

    まず38体の内23体は、南アジア人に属するものでした。死亡年代はすべて800年頃と特定されており、従来の値に近似しています。

    そのほかの14体は東地中海に属する人々、特にギリシャ人の遺伝子、最後の1人は東アジア人の遺伝子とほぼ一致していました。

    この15人の死亡年代は、いずれも1800年頃とされています。

    「呪われた場所?」謎は深まる

    ここまで明らかになっていながら、実は3つの異なる人種が「なぜ同じ場所で白骨化したのか」については明確な答えが出せていません。

    ループクンド湖は、何世紀もの間巡礼者の通り道として知られてきました。異国からはるばるやってきた巡礼者たちが、地元の自然環境を知らずに災害に巻き込まれてしまった可能性は十分に考えられます。

    また人骨を調査した研究によると、外部に数多くの小さな穴が空いていました。これはその個体が、ある時期に極度の栄養失調にかかっていたことを示すものです。

    Credit:theatlantic

    さらに骨折の様子を調べてみると、いくつかの人骨が鈍器のような物による外傷を負っていることも判明しました。この傷は致命傷というほどではありませんが、動けなくしたり低体温症にさせたりするには十分とのことです。

    また、岩なだれにより骨折し、湖に閉じ込められたとも考えられますが、1000年の間に同じことが何度も起こりうるものでしょうか。

    スケルトン・レイクは訪れた者が死に至る呪われた場所なのか、それとも死体を遺棄する場所なのか。謎は深まるばかりです。

    30年前に発掘された「ヴァンパイア」の正体が判明


    reference: discovermagazinetheatlantic / written by くらのすけ

    呪われた湖? 夏になると200体以上の白骨が浮かぶスケルトン・レイク、DNA検査で新事実発覚

    インドにこのような湖があったとは、とても驚き!


    (出典 news.nicovideo.jp)


    (出典 livedoor.blogimg.jp)


    超ーホラーな湖。でも何か尋ねてみたい。

    <このニュースへのネットの反応>

    【スケルトンの湖?夏になると、なんと!200体の人骨が浮かび上がる所。「遺体の死亡時期」も1000年も異なることが判明!】の続きを読む


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    image by iStock

     グアテマラ北部の3分の1を占めるペタン地区のウィッツナ考古学遺跡周辺で、研究者らが新たに象形文字の書かれた石碑を発見したらしい。

     未だ謎に包まれている古代マヤ文明が滅亡した原因が本当は何だったのかについて、この石碑がヒントを与えてくれるかもしれないとして注目を集めている。

     これまで干ばつで食糧が不足したため王国間の戦争が激化したせいで衰退したと考えられていたが、もしかするとそれよりずっと以前からかなり破壊的な戦争が行われていた可能性があるという。

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    1000年以上前に古代マヤ文明が滅亡してしまった原因とは?

     古代マヤ文明は、現在のメキシコ南部と中米北部のドイツの2倍ほどの地域に広がっていた。

     その最盛期は、紀元250年から少なくとも900年くらいまでの古典期と呼ばれる時期で、2500万人が暮らしていたと思われ、これは中世ヨーロッパの人口に匹敵すると言われている。

     1000年以上前に滅んだが、その原因は謎に包まれている。人口が壊滅的に減ったとみられ、繁栄を誇った町々の廃墟が今や見る影もなくジャングルと化している。

     研究者たちは、滅亡のさまざまな原因をあげているが、どれも決定的なものはない。

     干ばつが危機的な水不足を引き起こしたせいかもしれないし、農地開拓のための森林伐採が、肥沃な表土が失われるのにつながったのかもしれない。

     また、争いが激しくなり、殺し合いを繰り返したことが衰退に拍車をかけたという説もある。
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    ライダーレーザー光による検知・測距装置)調査で示された、マヤ儀式の中心地全体。ラグナ・エクナーブ(白い部分)を見下ろす石灰岩の尾根に沿って2キロに渡
    ってのびている。ラグナ・エクナーブは、マヤの古環境研究のためのサンプルを採取した湖。
    image byFrancisco Estrada-Belli, PACUNAM & Tulane University

    一般市民を巻き込んだ破壊的な戦闘行為が行われていた可能性も


     従来の研究では、古典期の古代マヤ文明間での戦争はもっぱら儀式化されていたというのが定説だった。

     範囲が限定的で、貢物や身代金のために高官を捕虜にするとか、一般市民など非戦闘員は極力巻き込まないなど厳格な取り決めがあったのだ。

     だが古典期末期のマヤでは兵士だけでなく一般庶民も巻き込んだかなり破壊的な戦闘行為、つまり無差別な総力戦を行っていたことが分かったようだ。その結果、町が徹底的に破壊されたというのだ。

    町を破壊したり王族を井戸に投げ込んだりの情け容赦ない総力戦

     カリフォルニア州メンローパークの米地質調査所(USGS)の地理学者デヴィット・ウォール氏によると、

    破壊行為で町は徹底的に破壊され、王族は連れ去られ、井戸に投げ込まれたり、儀式の中心地に埋められたりした。私たちは初めて、古典期のマヤの攻撃の広範な影響の状況がつかめてきた。マヤがとった手段が地元住民にマイナスの結果を及ぼしたことが分かる

    とのこと。

     現在、古代マヤはこれまで考えられていたのよりずっと早くこうした情け容赦ない総力戦を行っていた可能性があるという考えが主流になってきている。

    ウィッツナ考古学遺跡周辺で新たに発見された象形文字の石碑

     研究者たちが新たな発見をしたのは、ウィッツナ考古学遺跡周辺で過去の環境変化を調べていたときのことである。

     ウォール氏は、


    この研究の最大の難関は、特にペタン地区の現場での作業がほとんどでしたが、とても辺鄙なところにあるということ。ラグナ・エクナーブ湖までの道路はなく、100mもある険しい断崖をすべての機材や装備を運び込んだり下ろしたりしなくてはならなかった。

    湖の周囲には植物が生い茂り、草をかきわけて道を切り開いて水辺にたどり着き、サンプル調査のための橋脚を建てるのに、8人のスタッフで3日間もかかった。

    胸の深さの水の中に立って鉈をふるわなくてはならなかったこともあったが、水辺にたどり着いたら今度はたくさんのワニがこちらの動きをじっと見ているのに警戒しなくてはならなかった


    と苦労を語る。

     その甲斐あってか、思いがけずここで象形文字の書かれた石碑を発見。町の王に捧げられた碑で、「バラム・ホル」というマヤの都市の名前が刻まれており、統治のシンボルである雷神・カウィールの錫杖(僧が持ち歩く杖)と、拘束された捕虜の盾とともにあったそうだ。

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    image by iStock

    攻撃を受けて焼失してしまったマヤの都市「バラム・ホル」


     以前、ウィッツナの南32kmにあるマヤの都市・ナランホで発掘作業をしたときに別の石碑が見つかっていて、そこには紀元697年に「バラム・ホル」が二度目の攻撃を受け、焼かれたと記されていた。

     さらにウォール氏らは、ウィッツナに隣接する湖の堆積物から、大規模な火災があったことを示す3cmの炭の層を発見した。

     これは1700年分の堆積物の中でもっとも厚く、この炭の層の炭素年代測定を行ったところ火災は7世紀の最後の10年の間に起こっていることが判明。ナランホの石碑の内容を裏づけていることが分かった。

    徹底的に破壊された建築物が大規模な戦争体験を物語る

     王宮や象形文字の刻まれた碑など、ウィッツナのおもな建築物が徹底的に破壊されていたことは、この場所が大規模な戦争を経験したという説を裏づけている。

     ウォール氏らは、7世紀が終わるまでの湖の堆積物が、農業の痕跡や燃えた名残など、人間の多くの活動の跡を示していることも発見した。

     しかし、これらの痕跡は攻撃されたと推測されている時期の後では激減している。ウィッツナで見られる破壊の跡は古典期の終わりに見られたものを思い出させるが、違いもある。

     これについてウォール氏は、

    古典期の終わりには王族は殺されるか追放されたが、攻撃の後もその血は残って続いていた可能性がある。しかしウィッツナでは、古典期末期に見られるように、町は完全に消し去られてしまった

    コメントしている。

    苛烈な戦争が長く続いていたのかもしれないマヤ文明社会

     「バラム・ホル」が焼かれたことを表現するのに使われた「puluuy」というシンボルは、別のマヤの都市でも見られたことがある。

     これは、町を徹底的に焼き払うこうした行為は、古代マヤの戦争では普通のことだったことを示している。

     全体として見ると、こうした発見は古代マヤの繁栄や高度な芸術性がピークに達していたときでさえ、すでにこのような破壊的な総力戦が行われていたことを示していて、これがマヤ文明の衰退の日々において特異なことだったとする説に異を唱えている。

     逆に言うと、マヤ文明の崩壊の原因として、これまで言われていたほど戦争が決定的な役割を果たしていなかったということなのかもしれない。

     論文の共著者であるニューオリンズ・テュレーン大学のフランシスコ・エストラーダ=ベリ氏は

    こうした証拠を踏まえて、比較的穏やかな社会から暴力的な総力戦へと移行したことが、マヤ文明社会の崩壊の主な原因だったとする説はもはや現実的ではない。すでに苛烈な戦争はずっと以前から行われていた社会だったのだから。ほかの決定的な理由を探さなくてはならない

    と語っている。

     この研究の詳細は8月5日Nature Human Behavior誌オンラインに発表されている。

    References:Live scienceなど / written by konohazuku / edited by parumo

    全文をカラパイアで読む:
    http://karapaia.com/archives/52278198.html
     

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    古代マヤ文明!実に興味深い。これから次々と解明されていくことに期待していきたい。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    マヤ文明マヤぶんめい)は、メキシコの南東部、グアテマラ、ベリーズなどいわゆるマヤ地域を中心として栄えた文明。メソアメリカ文明に数えられる。また、高度に発達したマヤ文字をもつ文明でもあった。 マヤ文明の栄えたマヤ地域は北から順にマヤ低地北部、マヤ低地南部、マヤ高地の三地域に分かれている。マヤ
    41キロバイト (5,748 語) - 2019年4月4日 (木) 13:47


    古代宇宙人の戦争?

    <このニュースへのネットの反応>

    【なぜ古代マヤ文明が滅亡してしまったのだろうか?ずっと以前から破壊的な戦争が起きていた可能性がある。果たして・・・】の続きを読む


    (インパール作戦)タイ・チェンマイで日本人有志達が毎年8月15日の終戦に合わせて慰霊祭を開催。

    決して忘れてはいけない歴史。二度と繰り返してはいけない。

    NO.7695412 2019/08/14 11:20
    インパール作戦引き上げ兵の最期 タイ・チェンマイ在住の日本人ら
    インパール作戦引き上げ兵の最期 タイ・チェンマイ在住の日本人ら
     2019年8月14日、第二次世界大戦のインパール作戦の失敗で壊滅的な打撃を受けた日本軍の撤退の際に野戦病院となり、多数の傷病兵が命を落としたタイ・チェンマイで、兵士の遺品が人知れずひっそりと眠っている。タイ人の警察官の収集したヘルメットや軍服、軍刀のほか、当時の写真などが、当時野戦病院として使われ、慰霊碑が設置されたムーンサーン寺院の博物館の一角に保管されている。

     遺品は地元の警察署長だったチューチャイ・チョムタワットさんが収集。このムーンサーン寺院のほかにも保管されている場所があるという。インパール作戦当時の写真は、同作戦の体験者である従軍獣医の井上朝義さん撮影によるものだ。未整理の写真のネガなどもあるという。

     日本軍は1944年、日本占領下にあったミャンマーから、英領インドの拠点インパールを目指して進軍したものの、徒歩での山越えや、補給のずさんさなどから惨敗。撤退もままならず、負傷や疫病などで数万人の兵士が命を落とした。生き残った部隊はミャンマーからタイに撤退、ムーンサーン寺院などで治療を受けたが、ここでも多数の日本兵が帰らぬ人となった。

     日本人の有志らは、毎年8月15日の終戦の日に合わせて同寺院で慰霊祭を開催。定期的に慰霊碑などの清掃活動などを行っている。しかし、保管されている遺品や写真など貴重な資料については、人手が足りず十分に整理や研究ができていないという。あるチェンマイ在住の日本人は「歴史的貴重な資料が多く眠っているはずだ。専門的知識のある人に研究してもらいたい」と話している。

    【日時】2019年08月14日
    【提供】Global News Asia
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     インドチャラマの洞窟に残されていた壁画は、宇宙人に遭遇した住人によって描かれたのだろうか?

     人類が文字と車輪を発明した時代に遡るその壁画には、宇宙服らしきものを着ており、顔の表情を窺い知ることができない不気味な人型生物と空飛ぶ円盤が描かれているのだ。

     そして今回、チャッティースガル州考古学文化局がインド宇宙研究機関とNASAにその調査を依頼するという運びになった。

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    India: "Clear proof" aliens visited India 10,000 years ago, says archaeologist

    あまりにも不可解な洞窟の壁画

     インドの考古学者JR・バガット氏によれば、空飛ぶ円盤には三本足と扇状のアンテナがあり、現代の映画に登場するUFOに似ているという。

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     バガット氏によると、壁画は天然の染料で描かれたもので、推定1万年前のものだそうだが、経年による色あせがほとんど見られないという。

     奇妙な彫刻の人物は武器らしきものを持っているようにも見えるが、顔立ちははっきりと分からない。特に鼻と口が欠けている。

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     中には宇宙服を着ているように見える人物までいる。

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    付近の村々に伝わる謎の伝説


     さらに興味を惹かれるのは、付近の村々に伝わる小さなロヘラ人(Rohela people)の伝説だ。彼らはかつて丸い空飛ぶ物体から地上に降りて、村人を1、2人連れ去ることがあったというのだ。

     村人の中には現在でもこの古代の壁画を崇拝する者たちがいる。

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     「この発見は、先史時代の人類が他の惑星からやってきた存在を目撃したか、思い描いた可能性を示唆しています。それは今でも人々や研究者の好奇心を掻き立てています。さらなる発見のために徹底した調査が必要ですが、残念なことにチャッティースガル州にはそれができる専門家がいません」とバガット氏は語る。

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     そういった流れでNASAに調査を依頼したというのだが、NASAは常に今を見ている。

     地球外生命体の存在を前向きに調査しているNASAは、現在、火星で流水が発見されたことを受けて、火星に生命が存在する可能性を調査している。また宇宙人が潜んでいそうな候補地として、冥王星や木星の衛星エウロパも挙げている。

     地球にはすでに宇宙人が訪れていると信じる人は大勢いるが、果たしてNASAはこの依頼を受けるのだろうか?

    References:dailystar/ written by hiroching / edited by parumo

    全文をカラパイアで読む:
    http://karapaia.com/archives/52254049.html
     

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    1万年前に描かれた洞窟の壁画は宇宙人なのか?NASAに調査を依頼(インド)

    これは実に興味深いですね。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    1万年前に描かれた洞窟の壁画は宇宙人なのか?NASAに調査を依頼(インド) - ニコニコニュース
    インド、チャラマの洞窟に残されていた壁画は、宇宙人に遭遇した住人によって描かれたのだろうか? 人類が文字と車輪を発明した時代に遡るその壁画には、宇宙服らしき ...
    (出典:ニコニコニュース)



    (出典 livedoor.blogimg.jp)


    まさかアヌンナキ?

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    【インド、チャラマの「洞窟」の壁画。実は宇宙人なんだろうか?NASAに調査を依頼。】の続きを読む


    (歴史)あの「沖田総司」はなぜドラマや時代に問わず      (イケメン)設定になっているのだろうか?

    いつの時代も沖田は女性からのイメージが良いみたいですね。

    NO.7677603 2019/08/07 23:52
    沖田総司はなぜイケメン設定に?
    沖田総司はなぜイケメン設定に?
    新選組を代表する隊士といえば!?
    新選組ファンの女性たちの間で、鬼の副長こと土方歳三と並び大人気なのが、副長助勤筆頭を務めた沖田総司です。あまり新選組に詳しくない人でも、名前くらいは耳にしたことがあるのではないでしょうか?

    沖田総司といえば「長身」「細身」「美青年」というイメージが強く、映画やドラマなどの映像作品では武田真治さん、山田涼介さん(Hey! Say! JUMP)、藤原竜也さんなどの若いイケメン俳優によって演じられています。



    【日時】2019年08月06日 09:17
    【ソース】Japaaan
    【関連掲示板】


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